鬱陶しさは、自分の内に秘めた、自分生来の
変なおかしさであり、人とは違うことの気分である。慾に駆られて 人とは違うことに興味を持ち、それにて承認欲求を満たそうとする。僕の単純な気の引き方である。他者の要件の内容すら、自分としてはの意見に集約しては、いかに相手から自分への関心を引き出そうかとの葛藤になにも導き出せない、あまりよろしくない執着心である。もしもの世界に自分が憧れるのなら、自分のステータスを確立することに勤しみ、そこに安住の胡坐をかいていたい。でもねも、あのねも、申し分なく密かな悩みであってほしい。他人配慮の憂鬱感に屈服感がきて、満たされない気持ちになる。なのに、何度も同じ言葉に酔う、考えの淵に、何にも考えられない自分がいる。
要するに、気分のいまいち優れない、鬱陶しい自分にやましい気持ちの差し替えがきて、余計に気分が沈んで、不健康に思える、自分のビジュアルに対する悩みも一色単に考える
、プライドの感覚のひしめきの感触である。
こう思えばいいのか、ああ言えばいいのかのの簡単な葛藤において、自分の恥を晒すことに極端に怯えてしまっている。だからこそ、承認の中身が、言いすぎでない風な期待の現われであっていいんだと思う。でないと、また考えの執着であって、自分の考えではないような気分になりそうで怖い。